コラム「伝説(レジェンド)の証!栄光の背番号・永久欠番列伝! 〜阪神編〜

 

日本のプロ野球史上に名を残す、多大な功績を残した選手に贈られる『永久欠番』。今回は阪神タイガースで永久欠番に指定された「ミスタータイガース」「今牛若丸」をはじめとする「準永久欠番」を含む4人の選手を紹介したい。


 

◆ 背番号10 藤村 富美男氏 

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藤村選手は初代ミスター・タイガースとして戦前から活躍をした選手。元祖二刀流として、入団1年目から投打に活躍しました。伝説の強打者と呼ばれる初代ミスタータイガース。戦前から日本プロ野球界を支え、物干し竿と呼ばれた長いバットを使い首位打者1回、本塁打王3回、打点王5回。
阪神タイガース創設以来、背番号10を背負った選手は「フジさん」こと藤村氏のみ。1選手しか使っていない背番号は、世界大戦中、兵役のためブランクもあったが、1958年に引退をすると、球団はその功績を讃えて、背番号10番を球団初の永久欠番とした。阪神タイガースの背番号10番は、球団創設時から藤村選手がつけたことから、永久に藤村選手だけの番号となった。

映像で見るとなおバットの長さが際立つ。


 

 

◆ 背番号11 村山 実氏
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闘志をむき出しにして、叫びながら全身で投げ込む「ザトペック投法」と呼ばれる村山氏のピッチング姿は、兵庫県立尼崎総合医療センターに設置される銅像でも知られている。2代目ミスタータイガースとも呼ばれ、選手時代は、とにかく巨人にライバル心を燃やし、強力な打者に果敢に挑んでいく姿が、関西の多くのプロ野球ファンを魅了した。巨人の永久欠番に指定されるミスターこと長嶋茂雄氏との戦いは今でも語り継がれている。
戦後唯一となるシーズン防御率0点台や、通算WHIP日本記録、沢村賞3回受賞など、多くの記録をのこしている。タイガース永久欠番、背番号10の藤村氏の引退試合が、村山氏のプロ初試合となるため、タイガースで10、11が揃った試合はこのときだけ。現役引退後、タイガースの監督を務めた2年間も背番号11を使用している。

映像は伝説の村山長嶋である


◆ 背番号23 吉田 義男氏
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「今牛若丸」と呼ばれ、タイガースでは俊足巧打、好守の遊撃手として入団1年目から16年もの間170cmに満たない小さな身体で、15年に渡り阪神ターガースのリードオフマンとして活躍。1964年には生涯唯一の打率3割を記録、179打席連続無三振など、タイガースのセ・リーグ優勝に貢献してきた。
背番号23を吉田氏の引退後につけた選手は1人もなく、2度目の監督に就任した際の1985年はリーグ優勝、日本シリーズでも優勝とタイガース初の日本一となり、1987年の退任時に永久欠番として指定された。

 

 

 


◆ 準永久欠番 背番号6 金本 知憲氏
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球団に貢献し、多くの功績をあげた選手を讃える準永久欠番、名誉番号はタイガースには4つの番号が指定され、一定期間空き番号となっている。
連続イニング、連続試合フルイニング出場数の世界記録、連続無併殺打の日本記録を保持する金本氏。永久欠番の声もあがったが、タイガースではそれ以前に、6番で景浦 將氏、藤田 平氏、和田 豊氏など、スター選手なども6番を使用していたこともあり、永久欠番の指定にはならなかったが、2016年に金本氏が監督就任し、再び使用することになった。

金本2000本安打の映像


プロ野球界では、偉大な功績を残した選手には、付けていた背番号を永久に欠番にすることで、将来にわたって選手を讃えることがある。
この、永久欠番になるためには、選手として後世に残るような成績をあげるだけでは、永久欠番の称号はなかなか受けることはできない。