コラム「伝説(レジェンド)の証!栄光の背番号・永久欠番列伝! 〜広島編〜

日本のプロ野球史上に名を残す、多大な功績を残した選手に贈られる『永久欠番』。今回は広島カープで永久欠番に指定された「鉄人」「ミスター赤ヘル」「男気」と呼ばれる3人の選手を紹介したい。


◆ 背番号3 衣笠 祥雄氏
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衣笠 祥雄氏の背負った「背番号3」は、広島カープの永久欠番に指定されている。
1975年、ヘルメットを赤色に変えた広島東洋カープは、「赤ヘル軍団」と称し、球団創立26年目にして初めてリーグ優勝を果たす。

そのときの立て役者のひとりが、背番号3番の衣笠氏。「鉄人」と呼ばれ、国民栄誉賞を受賞。1970年から1987年までの17年間で2215試合に連続出場し、連続試合出場記録日本記録は未だに破られておらず、世界記録の中でも2位。主砲として、広島カープの黄金時代を支え続けた選手だ。どんな球にもフルスイングで挑む衣笠氏のバッティングが、記憶に残っている方も多いだろう。
鉄人と呼ばれた衣笠氏だが、2018年4月23日、病には勝てず、大腸がんを患い亡くなられた。

【鉄人】衣笠 祥雄


◆ 背番号8 山本 浩二氏
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「ミスター赤ヘル」こと、山本 浩二氏の現役時代に使用した『背番号8』は広島カープの永久欠番に指定されている。1972年から10年連続のゴールデングラブ賞を受賞、また、法政大学からドラフト1位で入団した山本氏は、1980年にはホームラン王を獲得、現役時代は、通算536本塁打を決めており、大学出身者では日本最多のホームラン記録となっている。
同じく永久欠番に指定される衣笠氏とのコンビは「YK砲」と呼ばれ、広島カープの黄金時代を創りあげてきた。
監督時代の2001年~2005年にも、背番号8番を使用している。

広島.山本浩二2000本安打達成.巨人-広島


◆ 背番号15 黒田 博樹氏

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2016年、日本プロ野球、アメリカメジャーリーグで共に活躍した黒田氏の背負った背番号15は永久欠番に指定された。日本人投手で史上初の日米通算先発投手勝利200勝を達成した選手だ。
メジャーリーグでは野茂選手、松坂選手に続き日本人史上3人目の開幕投手を務め、イチロー選手との対決は日本でも注目された。ドジャース、ヤンキースで活躍した7年間のアメリカ生活、メジャーでの高額オファーを断って、現役最後の一球は広島カープのユニフォームで投げたい、と復帰した黒田選手。その言動に日本中が歓喜した。2007年、広島カープからアメリカ大リーグに移籍をしたが、球団はがいつでも帰ってこられるように、背番号15番を空けて待っていた。
ファンや球団に惜しまれつつ、アメリカ大リーグに移籍した黒田選手は、7年間で79勝を挙げる活躍をしている。そして、2014年のシーズンが終わると、大リーグの球団からの高額オフォアーを断わり、古巣の広島カープに戻ることを決断。

黒田博樹 日本球界復帰初戦 「投球ハイライト&インタビュー」 2015 03 29

 


プロ野球界では、偉大な功績を残した選手には、付けていた背番号を永久に欠番にすることで、将来にわたって選手を讃えることがある。
この、永久欠番になるためには、選手として後世に残るような成績をあげるだけでは、永久欠番の称号はなかなか受けることはできない。